なんじ自身を癒せ 第2章

ヨハネ祭にあたる6月24日、19回目の読書会。
第3巡目の第2章を、14名で読みました。

ここでは病気の本質を理解するための
根本原則が語られています。
宗教っぽいと、抵抗を感じる方があるかもしれませんが
この視座があってこその、バッチフラワーレメディです。



「人間」とは単に肉体だけの存在ではないこと
人間の中心にある「魂」は永遠であること

物質的肉体と深くかかわる「人格としての私」の成長を目指して、
「魂」は、必要な課題や場面設定をしていること。

物質的肉体は、「魂」の器であり、器は道具であるということ。
その器とともに、私たちは多くを学び、
その人生は、学び舎の1日のようなものであること。

「魂」と「人格としての私」の調和が
重要であること。

あらゆるものは「愛」の現れであり
それは「ユニティ=一体性」につらぬかれていること

魂と人格との不調和、そしてユニティを侵すことが、
病気へとつながること。

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けれど、実際に、それに反しない人がこの世にいるでしょうか?

病気や不調、困難によって、私たちには問いが生まれ
その問いの答えを求めていく途上に、
「なんじ自身を癒せ」という言葉の意味することに
出会っていくような気がします。

バッチフラワーレメディは
そのような背景から、生まれてきたものです。

病気はそれ自体では恵みです。

第2章には、こうはっきりと書かれていますが、
その言葉を裏書きするかのように
くも膜下出血から無事蘇生し、回復への道すがら
「なんじ自身を癒せ」を体験し、実感した1人の参加者が
病を得たことで出会った祈りの言葉をここに贈ります。

「病気になったら」

病気になったら、どんどん泣こう。
痛くて眠れないと言って、泣き、
手術が怖いと言って、涙ぐみ、
死にたくないよと言って、めそめそしよう。
恥も、外聞も、いらない。
いつもの痩せ我慢や、見栄っ張りを捨て、
かっこ悪く、涙を、こぼそう。
またとないチャンスを、もらったのだ。
自分の弱さと、思いあがりを知るチャンスを。


病気になったら、思い切り、甘えよう。
あれが、食べたいと言い、
こうして欲しいと頼み、
もう少しそばに居てと、お願いしよう。
遠慮も、気遣いも、いらない、
正直に、わがままに、自分をさらけだし、
赤ん坊のように、みんなに甘えよう。
またとないチャンスを、もらったのだ。
人の情けと、まごころに触れるチャンスを。


病気になったら、心ゆくまで感動しよう。
食べられることが、どれほど有り難いことか、
歩けることが、どんなに素晴らしいことか、
新しい朝を迎えるのが、いかに尊いことか、
忘れていた感謝の心を、取りもどし、
見過ごしていた当り前のことに、感動しよう。
またとないチャンスを、もらったのだ。
この瞬間に、自分が存在しているという神秘、
いのちの不思議に、感動するチャンスを。


病気になったら、素敵な友達をつくろう。
同じ病を背負った仲間、
日夜看病してくれる人、
すぐに駆けつけてくれる友人たち。
義理の言葉も、儀礼の品もいらない。
黙って手を握るだけで、すべてを分かち合える、
あたたかい友達をつくろう。
またとないチャンスを、もらったのだ。
神様が、みんなを結んでくれるチャンスを。


病気になったら、必ず治ると信じよう。
原因がわからず、長引いたとしても、
治療法がなく、悪化したとしても、
現代医学では治らないと、言われたとしても、
あきらめずに、道をさがし続けよう。
奇跡的に回復した人は、いくらでもいる。
できる限りのことをして、信じて待とう。
またとないチャンスを、もらったのだ。
信じて待つ喜びを、生きるチャンスを。


病気になったら、安心して祈ろう。
天にむかって、思いの全てをぶちまけ、
どうか助けてくださいと、必死にすがり、
深夜、ことばを失って、ひざまづこう。
この私を愛して生み、慈しんで育て、
いつか御自分のもとへ、呼んでくださる方に、
すべてをゆだねて、手を合わせよう。
またとないチャンスを、もらったのだ。
まことの親である神に、出会えるチャンスを。


そしていつか、病気が治っても、治らなくても、
みんなみんな、流した涙の分だけ優しくなり、
甘えとわがままを越えて、自由になり、
感動と感謝によって、大きくなり、
友達を増やして、豊かになり、
信じ続けて、強くなり、
祈りのうちに、神の子になるだろう。
病気になったら、またとないチャンス到来。
病のときは、恵みのとき。

晴佐久昌英 著 『だいじょうぶだよ』女子パウロ会
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by kreuz7 | 2011-06-25 12:40 | 講座・学習会